東京・原宿の明治通りと表参道の交差点に位置する「東急プラザ表参道原宿」は、2012年4月に開業した。かつては「原宿セントラルアパート」やGAP1号店が立地するなど、日本のファッション・カルチャーの歴史に大きな影響を与えてきたこの交差点に11年前に現れたのは、それまでにない大規模な屋上庭園「おもはらの森」を備えた、大胆なデザインのビルだった。すぐ近くに明治神宮の森があり、そこからケヤキ並木が延びる表参道。都心でありながら緑豊かなこの地域を象徴するシンボリックなランドマークとして、開業時から大きな注目を集めた。そしてまた、明治神宮の森と神宮外苑の間にあるこの「おもはらの森」は、北の新宿御苑、外苑東側の赤坂御所、外苑南側の青山霊園と、都心部、広域渋谷圏の緑地をつなぐ「エコロジカル・ネットワーク」の中継点となり、「生物多様性」保全に大きな役割を担っている。
商業店舗よりも広場を重視した斬新な発想
「『東急プラザ』は新しい都市型の商業施設として、1961年に東京・自由が丘に第1号が作られました。それから50周年を迎え、原宿エリアに開業する新しい施設としてリブランディングして計画されたのが、『東急プラザ表参道原宿』です」と、東急不動産都市事業本部商業事業部営業運営グループのグループリーダー、若津宇宙さんは語る。「プラザには、広場という意味があります。明治通りと表参道の交差点の角地という立地を考慮し、街の中の休める場所として施設に人を誘引する流れを作りたい。そのために角地に通路を設ける『五差路計画』が立てられました」
それまで、都心建築の屋上には安全な避難場所を兼ねた屋上遊園地のような施設を作ることが多かった。「そこに何か新しい付加価値を付けたい。それには、この地域ならではの要素を取り入れ、『ここでしか』『ここだから』というカタチにしたい、と思い、神宮の森、そして表参道のケヤキ並木という緑豊かなこの地域の特徴をビルにも大胆に取り入れよう、建物ではなく緑を主役にしようということになりました。不動産として最も価値の高い交差点の角地に、店舗ではなく、屋上広場や上層階に通じる路(みち)を配置する、ということは、我々としても大変な勇気が必要でした」と若津さんは話す。
そのころちょうど、「生物多様性」という言葉が浸透し始めていた。おもはらの森を作るにあたっては、海外から来た植物ではなく、日本在来の植物を選んだ。落葉樹では並木と同じケヤキのほか、イロハモミジなど、冬季も緑が映える常緑樹ではシラカシ、クスノキなどを植えた。草花を中心にしたそれまでの屋上庭園とは全く異なるため、地中などに樹木を支える支柱を配置するなどして強風が吹いても樹木が倒れないよう、安全性にも配慮した。そして平面的な配置にせず、擂り鉢状に設計し、緑に囲まれたプライベートな雰囲気を目指した。「誰でも四季を通じて親しめるカジュアルな感じにしたいと考えました」と若津さん。
アオスジアゲハ、シジュウカラ…多様な生きものの安らぎの場に
生態系を大切にするため、野鳥が水を飲んだり、水浴びできたりするよう、バードバスも2か所に設けた。また近隣の神宮前小学校の協力で、同小学校の児童たちに鳥の巣箱を作ってもらって設置した。こうした、自然を大胆に取り入れ、生きものたちへの配慮を重視した取り組みが高く評価され、鳥をはじめとする身近な生きものに適した生息環境を増やし、人と生きものが共に暮らせる場所を認定する、日本鳥類保護連盟主催の「バードピア」にも登録された。
この「おもはらの森」では、造園会社の株式会社石勝エクステリアが植栽工事、管理などを請け負い、自然資源を生かした地域づくりや野生生物の保護管理・被害対策などをサポートする株式会社地域環境計画と共に、施設がオープンした2012年から「生きもの調査」を行ってきた。
「ここは、明治神宮と神宮外苑にはさまれた場所で、表参道のケヤキ並木も続いています。たくさんの生きものが住んでいる場所がすぐ近くなので、このおもはらの森があることによって、生きものたちが移動する際の中継地点になり得ます。こういう場所があることで、鳥やチョウなどが立ち寄りやすくなり、多くの生きものが安心して休むことができます」と地域環境計画環境共生推進部の主任、伊藤元さんは語る。
調査は、昆虫については初夏と夏、秋、鳥類は初夏と秋、冬と、1年に3回、双眼鏡などで目視して行っている。「ただ通過しただけなのか、街路樹から立ち寄ったのか、おもはらの森の木の実を食べているか、など。昆虫の場合は実際に網で捕まえ、種類が分からなければ持ち帰って調べています」と伊藤さん。
「初めの数年は、樹木の枝葉がまだ十分伸びていなかったこともあり、確認できる生きものの種類はあまり多くありませんでした。枝葉が伸びて環境が複雑化してくると、しだいにいろんな種が増えてきました」。クスノキにはアオスジアゲハが毎年来るし、スズメも常にいて、人を怖がらないようになっている。「巣箱には、シジュウカラが入っていますよ」と伊藤さんが教えてくれた。
石勝エクステリア環境DX推進課の課長、川崎鉄平さんは、「ケヤキやキンカン、クチナシなど生きものが好む樹種を中心に配置しています。特に、シジュウカラには初めから来てほしいと思っていただけに、巣箱を使ってくれて本当にうれしく思いました」と話している。バードバスの近くには自動撮影カメラも設置しており、飛来する鳥の利用状況を写真データで確認している。「ニシキギやサンショウ、ムラサキシキブなど鳥類・昆虫類が好む花や実のなる多様な植物を配置していますが、中には、鳥が実を食べて種を運んだのか、人が植えたわけではないのに、自然に生えてきた木もあるんですよ。開業から11年がたって広域渋谷圏の緑地をつなぐエコロジカル・ネットワークが着実に形成され、鳥やチョウなどの生きものにも安心できる休憩場所として認識されるようになったと感じています」
その場でしか体験できない魅力あふれる場に
東急不動産で、広域渋谷圏の営業運営を担当する主任、松村高暢さんは、「この原宿、表参道エリアは、若い人を中心にいつもにぎわっていますが、休憩できる憩いの場所はほとんどありません。そうした中でこの森は若い世代だけでなく、ビジネスマンや外国からの観光客、家族連れなどいろんな世代の多様な人たちに、安らぎの場として利用していただいています。私たちもただ場所として提供するだけでなく、ビアガーデンをやったり、サステナブルをテーマにしたマルシェを開催したり、新たな魅力で利用者に楽しんでいただける工夫をしています。また、地元小学生たちとともに、ここにある菜園『やさいの森』でとれたニンジンを使ったスープ作りをするなど、地域とのつながりも大切にしています」と話す。
また、同じ部署の伊藤祐佳さんは「今はネットショッピングが盛んになっているなど、商業施設も商品を並べて売るだけの場所のままではいけない時代になってきました。その場でしか体験できない、魅力あふれる出会いの場として集客する努力が必要になっています。今後も、公共のイベントスペースと連携するなどして、ここから、サステナブルとカルチャーを発信する拠点にしていきたいと思っています」と話している。
ここは古くから若者を中心としたカルチャーに大きな影響を与えてきた場所。東急プラザ表参道原宿は開業から11年たち、都心部の緑地をつなぐ「エコロジカル・ネットワーク」の中継点としてさまざまな鳥類や昆虫が安らげる場所となっているほか、ここにつどう人々に安らぎと憩いを提供し、「自然」と「人」に優しい森としてすっかり定着してきた。今後も生物多様性を重視しながら、幅広い世代にむけた新しいカルチャーの発信拠点として、さらなる飛躍をめざしている。