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「生物多様性」を守るための「30by30目標」とは?
いま日本ができることを考える

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世界中で目指す「30by30」

地球上には確認されているだけでも約175万種の生物が存在し、未発見の生物も含めた地球上の総種数は500万~3,000万種にもおよぶという説もあり、地球はこれらの生物が営む生態系によって支えられた生物の楽園だ。しかし今、人間活動の活発化がもたらした環境の変化によって、動植物の10~30%に絶滅のおそれがあるとされている。森林では熱帯雨林を中心に減少が続き、地球の表面の約70%を占める海洋では沿岸を中心に藻場やサンゴの減少を招くなど、広範囲の生物の生息地が脅かされているからだ。今世紀末の平均気温の上昇は約1.8~4.0℃にもなると予測され(IPCC第4次評価報告書)、気温の上昇に脆弱な生物たちは、その多様性を急速に失いつつある。

この深刻な状況を改善するため、2022年12月に開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では「昆明・モントリオール生物多様性枠組」という目標が採択され、その主要目標のひとつとして「30by30目標」という項目が定められた。さて、この目標とは一体どのようなものなのか。そして豊かな生物多様性を有する日本ができることとは?

そもそも「生物多様性」って?

IUCN(国際自然保護連合)が発表している「絶滅のおそれのある種のレッドリスト」(2022年10月時点)には、絶滅危惧種として4万1,459種の野生生物が記載されている。こうした生物多様性の危機に面してコロナ禍で延期されていたCOP15が2022年12月カナダ・モントリオールで2年遅れで開催された。

政府交渉団の一員も務めた東京大学大学院農学生命科学研究科の香坂玲教授は「生物多様性」が世界的な課題になった背景をこう話す。

東京大学大学院農学生命科学研究科教授 香坂玲氏

東京大学大学院農学生命科学研究科教授 香坂玲氏

──「生物多様性」が注目されるようになった経緯は?

専門家の間では1970年代以前から、ある種が絶滅したり、その生息域が壊されてしまったりする危険性についての議論が始まっていました。それを受けて、71年にはラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)、73年にはワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)が採択され、湿地の保全に取り組んだり、貿易の規制が必要と考えられる野生動植物の種をリストアップしたりしてきました。

しかし例えば、「湿地やそこに暮らす動植物を守るには、森林など河川の流域全体を見る必要がある」、「熱帯雨林を保護するなら、それらが帰属する途上国に対する支援を行う必要も出てくる」といったように議論や対策が進展する中で、「種や場所に特化するのではなく、生態系・種・遺伝子・種をセットで議論していくべきだ」という声が上がるようになり、90年代から「biodiversity=生物多様性」という言葉を使って議論するようになったのです。

生物多様性は異なる種が影響し合うことで維持される(参考:兵庫県立コウノトリの郷公園)

生物多様性は異なる種が影響し合うことで維持される(参考:兵庫県立コウノトリの郷公園)

日本が直面する「4つの危機」

ひとくちに“生物多様性”といっても、国や地域が抱える地理的、経済的、文化的背景によりそれぞれだ。日本の生物多様性を例にとると、日本で確認されている野生動植物約9万種以上(未確認を含むと約30万種)のうち、3,772種(環境省レッドリスト2020及び海洋生物レッドリストより)が絶滅の危機に瀕しており、環境省は野生動植物の生存を脅かす人間活動の影響について、次の「4つの危機」に分類している。


  • 第1の危機:開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少
  • 第2の危機:里地里山などの手入れ不足による自然の質の低下
  • 第3の危機:外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱
  • 第4の危機:地球環境の変化による危機

「第1の危機」で挙げられている開発による環境破壊は、日本では特に大きな問題となったのは高度経済成長期であるが、世界的には現在も深刻な問題として進行し続けている。「第2の危機」は自然の過少利用によって生じる問題であり、人口が減少していく日本にとっては、いままさに直面している問題といえるだろう。「第3の危機」について、日本の外来種ではヒアリやミシシッピアカミミガメ、アメリカザリガニなどの動物がよく知られているが、オオキンケイギクなど植物も広範囲に広がっている。

日本にはこうした日本特有の背景があるが、「第4の危機」である地球温暖化は国境を越えた大きな課題だ。平均気温が1.5~2.5度上がると、高山帯の縮小や海面温度の上昇が生息域の減少を招き、動植物の20~30%は絶滅のリスクが高まるといわれている。

環境省第4次レッドリストに掲載された日本の絶滅危惧種(引用:環境省生物多様性ウェブサイト)

【参考】「環境省第4次レッドリスト」に掲載された日本の絶滅危惧種の種別の割合(引用元:環境省生物多様性ウェブサイト

COP15は先進国vs途上国
ギリギリの交渉から生まれた「30by30目標」

カナダ・モントリオールで開催されたCOP15の会場

カナダ・モントリオールで開催されたCOP15の会場。153の締約国・地域の他、関連機関、市民団体等から9,472名が参加(提供:東京大学・香坂玲教授)

こうした世界的な課題を受け、COP15ではどのような話し合いがなされたのだろうか。カナダ・モントリオールで会議に出席した香坂教授に伺った。

──昨年のCOP15でなされた議論の概要、そして「30by30目標」について教えてください。

環境問題をテーマとする国際会議では先進国と途上国が対立するような構図になりがちなのですが、COP15でもそうした状況が見られました。分かりやすく言えば、先進国側が高い目標を掲げようとしたのに対し、途上国は「その目標を採択するなら、それを実行できるよう、途上国への資金や技術の支援、生物多様性の実現によってもたらされる利益の配分が必要だ」といった要求を行ったわけです。かなり激しいやり取りがなされましたが、最後は開催国であるカナダが先進国サイド、議長国を務めた中国が途上国サイドの主張をそれぞれ調整することで、ようやく妥結することができました。

政府代表団の一員として参加した東京大学・香坂教授(提供:本人)

政府代表団の一員として参加した東京大学・香坂教授(提供:本人)

そうして採択されたのが、2030年までの世界的な目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」です。この目標には23のターゲットが設定されており、その3つ目が「2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する」という、いわゆる「30by30目標」です。

2010年のCOP10で採択された「愛知目標」は残念ながら達成できませんでしたが、その一因となったのは、進捗の度合いをチェックする仕組みがなかったことでした。その反省を踏まえ、新目標では各国が定期的に実施状況を報告することを義務付けています。これによって、より実効性が担保された目標になったと考えています。

30by30目標を呼びかけるロゴマーク

30by30目標を呼びかけるロゴマーク

──「30by30目標」の達成に向けた課題、そして期待されることは?

30by30の達成に向けては、国立公園などの保護地域だけで30%を達成するのは難しいため、民間企業などによって保全が図られている地域を「自然共生サイト」として認定・登録し、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures/保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)として30%に組み込む施策が進められています。

ただ、例えば企業が所有している土地の場合、何らかの事情で売却される可能性もありますよね。また登録する地域が森林である場合には、現状だけでなく、数十年先を見通して評価する必要もあるでしょう。そうしたことを踏まえて各地域をどのようにモニタリングしていくかということは、大きな課題だと思います。また日本の場合、今後は年々人口が減少していくと予想されますが、その中で各地域の資源をほどよく利活用していく方法についても考えなければいけません。

例えば商品の開発が水と切り離せない食品メーカーや飲料メーカーが自然共生サイトを所有している場合、その地域の風土を生かした魅力的な商品を開発しつつ、生物多様性の維持に貢献していることをアピールできれば、非常によいブランディング施策になるでしょう。近年は ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)という言葉もよく聞かれるようになっていますので、投資先としての魅力向上にもつながるかもしれない。そんなふうに、生物多様性の議論の盛り上がりを“チャンス”として捉える企業が増えてくることも期待しています。

国や企業、個人の取り組みにより生物多様性の改善が期待される

国や企業、個人の取り組みにより生物多様性の改善が期待される
出典:Global Biography Outlook5(secretariat of the convention on Biological Diversity,2020)

30by30目標に協力する企業の取り組み

メルシャン「椀子ヴィンヤード」が自然共生サイトの認定相当に

環境省はいま(2023年2月)、民間企業や自治体などが所有している生物多様性の高い地域を自然共生サイトとして認定するための認定実証事業を行っている。その実証事業に参加したキリンホールディングス傘下のメルシャン株式会社が保有する「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ヴィンヤード」(長野県上田市)が2023年1月、自然共生サイトの認定相当に選定された。

長野県上田市にあるメルシャン「椀子ヴィンヤード」

長野県上田市にあるメルシャン「椀子ヴィンヤード」
(提供:キリンホールディングス株式会社)

世界で通用する品質のワインを安定的に産出することを目指す同社では、高品質なブドウを持続的に確保するために、自社で管理する畑の拡大を図っている。その一つであり29haの規模を有する椀子ヴィンヤードでは、2014年から農研機構の協力を得て生態系調査を行っている。その結果、遊休荒廃地を垣根仕立・草生栽培の日本ワインのためのブドウ畑にすることで、良質かつ広大な草原を創出し、絶滅危惧種を含む多様な生態系を育めることが分かっているという。

自然共生サイトの国内認定制度の正式運用は2023年から開始される予定で、椀子ヴィンヤードが正式に認定されれば、国際データベースであるOECMsにも登録される。

環境省レッドリストで絶滅危惧種に選定されているチョウの仲間「ウラギンスジヒョウモン」も生息

環境省レッドリストで絶滅危惧種に選定されているチョウの仲間「ウラギンスジヒョウモン」も生息
(提供:キリンホールディングス株式会社)

武田薬品工業「京都薬用植物園」が京都市と生物多様性協定を締結

武田薬品工業株式会社は2021年12月、所有、運営する「京都薬用植物園」(京都市左京区)と京都市との間で「生物多様性保全に関する協定」を締結した。この協定は、同市の生物多様性保全に関する協定の第1号となった。

京都薬用植物園 中央標本園

京都薬用植物園 中央標本園
(提供:京都薬用植物園)

京都薬用植物園には94,000平方メートルの敷地の中に約3,200種の植物を保有しており、このうち約2,000種が薬用植物で、約240種が環境省版レッドリストの絶滅危惧種に掲載されている。同園を運営する目的としては「①絶滅危惧種など重要な薬用植物の収集・保全」「②薬用植物の栽培研究と技術の継承」「③医療関係者、学生、児童への研修、教育支援活動」の3つが掲げられており、2000年頃からは生物多様性の保全に関する取り組みを強化しているという。

園長を務める野崎香樹さんは「協定の締結を機に、当社が有する植物遺伝資源および技術や経験を活かして、園内だけでなく地域を中心とした社会への貢献を目指します」と述べている。

【参考】時代を超えて社会に尽くす、京都薬用植物園(外部リンク)

世界最大の花といわれ、IUCNが発表する絶滅危惧種にも選定されるショクダイオオコンニャク

世界最大の花といわれ、IUCNが発表する絶滅危惧種にも選定されるショクダイオオコンニャク
(提供:京都薬用植物園)

生態系保全と事業活動を両立「東急リゾートタウン蓼科」

環境保護活動をブランディングに活用する企業は多いが、もしその活動を事業活動の一環として行うことができれば、一層無理なく持続的に展開していくことができるだろう。そうした事例の一つが、東急リゾーツ&ステイ株式会社が運営する「東急リゾートタウン蓼科」の取り組みだ。

豊かな森と共生する東急リゾートタウン蓼科1

同タウンは660haの敷地の中に広大なカラマツ林を保有しているが、かつては木々が密集して日差しも届かず、下草も育たない、鬱蒼とした森だった。餌不足のためか、ニホンジカが別荘地に出現することも多く、居住者を悩ませていた。しかし、集中豪雨による土砂災害で“森が持つ力”について再考したことを機に森林経営計画を立案し、2018年からは保全間伐を行うようになった。以降、明るくクマザサが繁茂する森となり、生態系も豊かになっていった。

豊かな森が「顧客がリゾートを選ぶ理由」として存在感を増していけば、生物多様性と事業活動の好循環は一層加速していくだろう。

豊かな森と共生する東急リゾートタウン蓼科2

豊かな森と共生する東急リゾートタウン蓼科

環境省の取り組みにも協力する人気アプリ「Biome」

香坂教授が「一般の人々が楽しみながら生物多様性について考える機会を提供するサービス」として注目しているのが、2019年にリリースされた「いきものコレクションアプリ Biome(バイオーム)」だ。

「いきものコレクションアプリBIOME(バイオーム)」は親子でも楽しめる

Biomeはユーザーが見つけた動物・植物の名前をAIが判定する無料のアプリ。リリースから3年以上が経過した現在は、国内の約10万種類を調べることができる。ユーザーの投稿によって収集された膨大な情報は遊びを超え、日本最大級の“リアルタイム生物分布データベース”となり、生物多様性保全の基盤として成長を遂げている。環境省とともに実施した「気候変動いきもの大調査」では、生息域が変化したと考えられる生物に関する投稿からデータを集約し、地球温暖化が生物に及ぼす影響を学び、市民が環境保全のための行動を起こすきっかけを提供した。

いきものコレクションアプリ「バイオーム」を親子で楽しむ様子

「いきものコレクションアプリBIOME(バイオーム)」は親子でも楽しめる

生物多様性をめぐる企業の取り組みには、企業のみならず一般の生活者が関われるものも少なくない。商品を手に取るとき、野山で生き物に出会ったとき、人間と動植物との共生に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

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