「あっニモだ、ニモがいたよ!」――「クマノミと瀬良垣島の海を学ぼう!」に参加していた10歳くらいの少年が、装着していたシュノーケルをはずして声を上げた。「ニモ」とは、ディズニー映画『ファインディング・ニモ』に出てくるカクレクマノミの名前だ。ここは沖縄県恩納村の瀬良垣島周辺の海。島をまるごとリゾートにしたホテル「ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄」は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と共同で「瀬良垣島・クマノミ育成プロジェクト」を行っている。このツアーは、同プロジェクト関連のアクティビティで、オレンジ色の体に白いしま模様のかわいいカクレクマノミが観察できるほか、ルリスズメダイ、アオブダイなどの色とりどりの熱帯の魚たちが優雅に泳ぐ姿を間近に見ることができ、家族連れなどが参加できる楽しいイベントになっている。
クマノミを観察してSDGsを学べる
恩納村は沖縄本島中央部の西海岸に位置する、南北27.4㌔、東西4.2㌔の細長い村で、海岸に沿って多くの大型リゾートホテルが立ち並んでいる。瀬良垣島は、那覇空港から車で約1時間。恩納村のほぼ中央部にある雄大な景色の「万座毛」からすぐ近くの海上にある。本島とは短い橋でつながっていて、青く澄んだ海に360度囲まれた美しい島だ。目と鼻の先の対岸には、OISTの臨海研究施設「OISTマリン・サイエンス・ステーション」もある。
「瀬良垣島・クマノミ育成プロジェクト」は、世界的にも個体数が減少していると言われるカクレクマノミの育成・保全を図っていくのが目的。ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄が、OISTのティモシー・ラバシ教授が率いる海洋気候変動ユニットの協力で、2021年6月から始めた。まずOISTの研究施設内でクマノミの孵化・飼育が始まり、同年11月に島周辺のクマノミ育成区域に稚魚を放流した。
カクレクマノミはオス、メスのペアでイソギンチャクに「隠れて」定着する。そこでまず、4組のペアをそれぞれペアごとに別のイソギンチャクに慣れさせ、クマノミが好みそうな場所にイソギンチャクを移植。そこにペアを放流した。瀬良垣島周辺には放流した個体のほか、自然に住み着いているクマノミたちもいる。中には台風などの影響で、イソギンチャクごと別な場所に移動したクマノミも。
カクレクマノミなどサンゴ礁の生き物は温度変化に弱い。OISTの施設内には、温暖化を再現できるシステムを備えた水槽があり、ラバシ教授の研究グループは、クマノミが温暖化にどのような影響を受けるのか2年前から研究を始めていたという。「育成プロジェクト」では実際に自然界に放流してクマノミたちの生態を経過観察していく。
ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄では、このクマノミたちをシュノーケリングやダイビングで観察するアクティビティがあり、宿泊客以外でも参加できる。シュノーケリングは6歳から、ダイビングは10歳から参加可能(12歳以下は保護者の同伴が必要)。SDGsプログラムとして設けられた「クマノミと瀬良垣島の海を学ぼう!」は、シュノーケリング、ダイビングとも所要時間75分間で、そのうち15分はビデオ映像を見ながら海やSDGs、クマノミの生態などについて学ぶレクチャーとなっている。ウェルネス&アクティビティ・チームリーダーの松堂義史(まつどう・ちかし)さんは、「最近では、SDGsに関する夏休みの自由研究にするために参加した、という小学生もいました。小学校6年生の男の子の『海はとてもきれいだけど、人が汚すんだね』という言葉がとても印象に残っています」と教えてくれた。
OISTのラバシ教授はイタリア出身。2019年にOISTに着任し、海洋気候変動を研究している。「沖縄の海はサンゴ礁が広がり、貴重な自然が豊かに残っています。しかしながら、埋め立てなどによって自然の海岸線が喪失するという問題があります。海の環境をいかに守っていくのかが課題です」と指摘。「瀬良垣島・クマノミ育成プロジェクト」で一般市民がアクティビティとして参加することについてラバシ教授は「一般の方が、エコ・ツーリズムの一環として参加できる貴重な機会です。海洋環境を守ることの大切さについてもっと広く関心を持ってもらいたい」と話している。
「サンゴの村」宣言の恩納村と協力して環境対策
ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄は、東急不動産他が出資する特別目的会社が土地、建物を保有、世界的なホテル・チェーンのハイアットが運営している。東急不動産ウェルネス事業ユニットホテル・リゾート開発企画本部ホテル・リゾート第一部の原田日菜子さんは、「もともと本島と旧・瀬良垣ビーチ(キャンプ場)をつないでいた海中道路をリゾートホテルに適した歩道付き二車線道路として架け替える必要がありました。お客様や地域住民の利便性に配慮しながら、地元の瀬良垣区、恩納村や恩納村漁業協同組合の皆様と協議を重ね、例えば隣接する瀬良垣漁港の漁船が橋梁下を通れるようにする等、従来の環境になるべく影響しないようにも工夫しました。また、ホテルの設計段階からハイアット側と密に協議し、沖縄の琉球石灰岩を内装に多用するなど自然を生かした設計・デザインにも取り組んでおります。現在も地元の行事に積極的に参加し、開発当初からのつながりを継承しつつ、ホテルが地域の活性化に貢献できるよう努めています。」という。
豪華なリゾートホテルが立ち並び、観光が村の大きな産業となっている恩納村は、2018年に「サンゴの村」を宣言し、サンゴ礁の保全再生活動を活発に行っている。観光地のシュノーケリングやダイビングでは、餌をまいて魚を集めることも多かった。恩納村はサンゴ礁の生態系を保全し、自然への負の影響を最小化するためにGreen Fins(グリーン・フィンズ)を導入した。 これは国連環境計画(UNEP)などがガイドラインを作り、ダイビング業者の評価・認定を行っている制度である。フィリピン、ベトナムなど13か国は中央政府主導で採用しているが、日本では、世界で初めて、自治体主導で導入している。また、村は2019年度に、内閣府が選定する「SDGs未来都市」にも選ばれている。恩納村SDGs推進事務局の松原廣幸さんは「恩納村は『海』に支えられている村です。サンゴの減少に歯止めをかけるため、漁師たちを中心にサンゴ礁保護活動が始まりました。その後、村の大切な産業である漁業、そして観光資源を守ろうということで村として取り組み始めました」と語る。
松原さんによると、サンゴ礁が減少する原因は主に3点。まずひとつは地球規模の温暖化で、これは村だけでは対策が難しいので、関係機関と連携して取り組む必要がある。あとの二つは、陸地からの赤土の流出と、観光だ。赤土の流出については、土が露出している農地に花が咲く緑肥植物を植え、その蜜を集める蜜蜂を飼うことで村の活性化につなげる「Honey & Coral」プロジェクトを始めた。観光では、サンゴ礁が踏まれるなどして傷つくのを防ぐため、サンゴに触れないなど、環境に配慮したダイビングのガイドラインであるグリーン・フィンズを導入してダイビングに関係する業者への理解を広めたり、海岸の管理を強化する方策などを推進したりしている。
パイナップルの葉製のストローなどで脱プラスチック
ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄も「瀬良垣島・クマノミ育成プロジェクト」のスタートと同時にグリーン・フィンズを導入した。セールス&マーケティング部長の木嶋明子さんは、「恩納村が面している海は遠浅で、透明感があってとても美しい。サンゴ礁をきれいに見られる地域です。私たちのホテルは美しい海に囲まれており、それが大きな財産となっています。だからこそ自然を守らなくてはいけません。グリーン・フィンズのほか、Honey & Coralプロジェクトにも協力し、蜂蜜を使った商品開発、蜜蝋を使ったイベントなどを実施しています。今後も村と協力してサンゴ礁の保護・育成に努めていきたい」と話す。
脱プラスチックもホテルの重要ポイント。宿泊客サービスとして飲料水を提供する場合、多くの宿泊施設ではペットボトル入りだが、このホテルではアルミ製ボトルに換え、客が自分で補給できるようウォーターサーバーを設置している。また、ホテル内で使用しているストローは、パイナップルの葉を加工したもの。プラ以外の素材のストローは紙製が多いが、パイナップルの葉製は、紙よりもふやけにくく使いやすい。コストはかかるが、環境対策として有効だとして、このホテルにならって、ホテルニセコアルペンほか、計4施設の東急不動産系のホテルでも採用しているところが出てきた。
ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄の村尾茂樹総支配人は、「プラスチック製品の削減や、食材を無駄にしない試みなどハイアットでは全世界で環境対策に力を入れています。本事業を推進する東急不動産も環境問題に先進的に取り組んでいて、ご理解いただいています。そして、地域の発展があってこそ私たちのホテルが成り立っています。欧米ではホテルを選ぶ際、環境対策を重視するお客様が増えていますし、日本もやがてそうなっていくでしょう。環境対策にはコストがかかりますが、観光ツールとして新しい価値を生み出す力があります。今後も、サンゴの村宣言をしている恩納村と手をたずさえて、自然保護と地域の発展に力を尽くしたいと思っています」と話している。