COMPANY INFORMATION
Letter to Our Stakeholders
「得意淡然、失意泰然」の心構え
2026年4月に社長に就任しました、星野です。設立13年目を迎えた当社の歴史はまだ浅いですが、中核企業である東急不動産の設立からは70余年、創業の原点である「田園都市構想」からは1世紀以上の歳月が流れています。その歩みのなかで脈々と受け継がれてきた「挑戦するDNA」を、次の世代へ引き継ぐ。前社長の西川からバトンを受け取り、その重責を日々強く感じています。
私が大切にしている言葉に、「得意淡然、失意泰然」があります。物事が順調な時ほど浮かれず、思うようにいかない時ほど落ち着いて構える。グループ初の超高層オフィスビル「世田谷ビジネススクエア」(東京都・用賀)のテナント募集で苦労した若手時代、自分の心を支えるために見つけた中国故事です。私が東急不動産に入社した1989年は、バブルの熱気が残る一方で、時代が大きな転換点に差しかかっていた頃でした。新しいビルが相次いで竣工するなか、その後の景気後退で、企業の財務状況は急速に悪化。自社のある渋谷から用賀まで、国道246号線沿いをしらみつぶしに飛び込み営業しては断られ、何度も苦杯をなめました。そうした経験を通して、私は自らを律し、冷静に状況と向き合うことの大切さを学びました。
今、改めてこの言葉を胸に刻んでいます。好調な業績に浮かれることなく、変化の激しい事業環境にひるむことなく、グループに共通するDNAや価値創造の「軸」を示し、豊富な生活者接点という強みを土台に、法人との連携を強化して新たな成長機会を切り拓いていく。私自身、変えるべきものと受け継ぐべきものを見極めながら、長期持続的な成長に向けたグループ経営をさらに進化させ、次のステージへと高めていきます。
2027年度、中期経営計画をアップデート
2021年度に発表した長期ビジョン「GROUPVISION 2030」は、グループのありたい姿を示す羅針盤です。私も担当役員として策定に携わり、「WE ARE GREEN」の旗印のもと、「誰もが自分らしく、いきいきと輝ける未来の実現」を掲げ、コロナ禍にあっても揺らがない企業価値向上の道筋を示しました。
10カ年にわたる長期経営方針の前半5年は、再構築フェーズとして抜本的な事業構造改革に注力。西川の強力なリーダーシップのもと、計画を超える速さで事業ポートフォリオの健全化を果たしました。そこで、後半期を1年早め、前年度より6カ年の「中期経営計画2030」(以下、本計画)をスタートしました。強靱化フェーズとして、強固で独自性のある事業ポートフォリオの構築による効率性と耐久性の向上を図っています。これまでの経営方針を引き継ぎながら、さらなる利益成長の実現に向け、スピード感をもって取り組みます。
本計画1年目の前年度は、売上高・各利益ともに過去最高を更新し、5期連続の増収増益を達成しました。純利益およびROEは、2027年度の目標を2年前倒しで実現。1株当たりNAV※は、前年度末比で1割以上増加し、計画を上回るペースで伸長しています。不動産業界に吹く追い風もありましたが、こうした大きな成果は、約3万人のグループ従業員が、各社の現場で力を尽くしてきた結果です。しかし、好調な時ほど、私たちは冷静でなければなりません。金利上昇、建築費高騰、地政学リスクなど、事業環境は本計画策定時から大きく変わりつつあります。数字が順調であることと、将来にわたり成長し続けられることは同じではありません。今、問われているのは、足元の結果に満足することなく、2030年に向けて、どのような企業グループとして成長していくのかです。
営業利益の推移

そのために、本計画をアップデートし、2027年に公表します。環境変化に合わせて、よりしなやかに、そして力強く成長することを重視し、未来への道筋をつけていきます。
スクラムを組み、パスを出し合うグループへ
当社グループは、時代の要請に応えながら、人々のライフスタイルに沿って住まい方・働き方・過ごし方を提案することにより提供価値を広げ、新たな事業領域を開拓してきた歴史があります。
その歩みを支えてきたのは、グループ各社がそれぞれの市場と向き合い、外へ外へと挑戦してきた遠心力です。東京急行電鉄(現・東急株式会社)から不動産部門が分離独立して誕生した東急不動産に始まり、時代の変化のなかで生まれた各社が事業を伸ばし、現在ではそれぞれの高い専門性と存在感を築いています。それは、開発を手掛ける東急不動産に頼ることなく、自らの顧客、自らの市場で鍛えられてきた証です。強い個社の集合体であること。それこそが、ホールディングス体制に移行してなお変わらない、グループの大きな財産です。
ただし、今後の成長に向けては、個社の強さを磨くだけでは不十分です。各社が自律した存在でありながら、同じ方向を向き、互いにパスを出し合う。しっかりとスクラムを組み、グループとしてより大きな価値を生み出す。そのような経営へと進化させていく必要があります。
重要なのは、お客さまや社会へ、より大きな価値を提供するために、グループが培ってきた内部資本をつなぎ直すことです。ある会社が得た情報や機会が、別の会社の価値創造につながる。自社だけで完結させず、グループ全体にとって最も価値が高まる形を追求する。そうしたパスの総量を増やすことが、これからのグループ経営の鍵になります。
持株会社である当社は、グループに共通する「軸」を示し、いわば黒子として、強い企業群が力を発揮できる環境を整えます。自律した個が集まって自走し、単独では生み出せない価値を有機的に創造し続ける。それが、私の考えるグループ経営の思想です。
プレミアムな価値創出で、高みをめざす
本計画では「社会的テーマを捉えたプレミアムな価値の創出」を掲げ、インフレ経済への転換期に、攻めの姿勢でトップラインを高める成長戦略を打ち出しました。プレミアムな価値とは、高価格帯の商品やサービスではなく、お客さま、地域、社会にとって、選ばれ続ける理由となる価値です。
その中核にあるのが、「体験価値」「地域価値」「環境価値」です。体験価値とは、人の心を動かす時間や場面を生み出すこと。地域価値とは、その土地の個性や歴史、人のつながりを街の持続的な魅力へと高めること。環境価値とは、環境への取り組みを社会課題の解決と事業競争力に変えていくことです。
これらは単独の事業だけで生み出せません。グループ各社の専門性や独自性をつなぎ合わせて初めて当社らしいプレミアムな価値になります。本計画では、このプレミアムな価値創出を軸に置き、国際的な都市間競争力強化やGX推進、観光立国と地方創生という社会課題の解決に直結する3つの重点テーマ「広域渋谷圏戦略の推進」「GXビジネスモデルの確立」「グローカルビジネスの拡大」に取り組んでいます。
ホームグラウンドに吹く、時代の風をつかむ
プレミアムな価値を創出するうえで、私たちが総力を注ぐのが、広域渋谷圏のまちづくりです。東急グループは、渋谷駅を中心とした半径2.5km圏内を「広域渋谷圏(Greater SHIBUYA)」と定め、「働く」「遊ぶ」「暮らす」が融合するまちづくりを推進しています。
当社グループのホームグラウンドである渋谷には、今明らかに「時代の風」が吹いています。都内におけるインバウンドの訪問先として高い人気を集め、オフィス賃料の面では、渋谷区の平均単価が千代田区を超え、都内でもトップクラスの水準となりました。人が集まり、企業が集まる。多様なデータが、渋谷に対する注目度の高さを物語っています。
その風をさらに強くしているのが、政府が力を入れるコンテンツ産業の成長です。渋谷はかつて「ビットバレー」と呼ばれ、ITをはじめとするソフト産業を扱うスタートアップ企業が集積しています。その延長線上に現在、アニメ、ゲーム、マンガ、映画、音楽などを手掛ける企業やクリエイターが集まり、いまや日本発のコンテンツは、世界市場で大きな存在感を示しています。重厚長大な産業が日本を牽引した時代から、渋谷が象徴するような、いわば「やわらかいビジネス」が、これからの日本経済の中心になっていく。その可能性が、現実のものとして見え始めています。
私たちは現在、コンテンツファンドへの投資や、都市空間をメディアとして活用したIPとのコラボレーションなど、渋谷の魅力を高める多彩な取り組みを進めています。グループとしてめざすのは、クリエイターが生まれ続ける街の基盤と仕掛けをつくることです。多様な趣味嗜好を持った人々が集い、カルチャーを形成し、そこから新しいビジネスが生まれる。そのビジネスがまたムーブメントを起こし、さらに人々を呼び込む。この循環こそが「渋谷らしさ」の源泉と考え、そのための仕組みづくりに取り組んでいます。

そこにしかない体験で、広域渋谷圏の魅力を高める
街の価値は、人が集まることによって高まります。アセットを活かし、人が集い続ける状態をつくること。そして、渋谷をホームグラウンドとする地の利を活かし、街のなかに点在するビジネス機会を見出すこと。その実践こそが、広域渋谷圏戦略において長期的な収益を生み出す鍵になります。
広域渋谷圏戦略の柱のひとつが、産業育成です。私たちは、スタートアップの誘致や、アクセラレータープログラムにおける海外大学との連携などを進めてきました。今後は、ビジネス創出を活性化する生活基盤を整えるため、広域渋谷圏の高い住宅需要のもと、ワーカー向けのレジデンス開発や管理運営にもリソースを投入し、ビジネスと暮らしが融合する職住近接の街を実現します。その先にはさらに、未来の起業家を見据えて「知の集積地」としての性格づけを強めます。広域渋谷圏で学び、刺激を受け、仲間と出会い、ビジネスを立ち上げる。その流れをつくることが、「渋谷から世界へ」を現実にする大きな力になります。
もうひとつの柱が、都市観光です。広域渋谷圏には、ナイトライフ、ポップカルチャー、食、音楽、ファッションなど、多種多様な魅力があります。それに惹きつけられて世界中から集まる人々を、ホテルや商業、エンタテイメントのハードとソフトを強化することで、しっかりと受け止めます。圏内の各エリアが持つ異なる個性を活かし、魅力的なコンテンツ創造とナイトタイムエコノミーを充実させることで、来街者の滞在時間と回遊範囲を拡張していく。広域渋谷圏を、昼夜を問わず新たな交流や消費が生まれる街へと進化させ、さらに街の成長を下支えする安心安全な都市基盤を構築する。そうした未来価値創出に向けた投資は、オフィス市場での地位確立や商業施設を広告媒体としても発信するリテールメディア事業への転換、ホテル・レジデンスの拡充、そして管理・仲介等の不動産サービス領域でのプレゼンス向上といった、中核事業の収益力向上につながります。グループ総合力による競争優位を発揮しながら、持続的なエリアの成長を牽引していきます。
こうした仕掛けを通して提供するのは、その街でしか得られない体験価値です。2026年度、私たちはグループ横断の「広域渋谷圏・エクスペリエンス戦略推進室」を立ち上げました。当社グループが全国各地で取り組んでいる、スポーツ、アリーナ、エンタテイメント、教育といったさまざまな事業の連携強化を行い、都市においても、地方においても、グループならではの体験価値をさらに高めていきます。
グリーンエネルギーを、まちづくりの次世代インフラに
当社グループは2014年、同業他社に先駆けて再生可能エネルギー事業に取り組み、現在では国内トップクラスの再エネ電源・再エネバリューチェーンを有する「環境先進企業」になりました。
再エネ事業は環境貢献のみならず、地域社会の持続的な発展を後押しする事業です。地権者の皆さまをはじめ、地域を取り巻く多様なステークホルダーと長期的な信頼関係を築く点で、不動産業との親和性が高く、何よりエネルギーはまちづくりの根幹を支えるインフラです。これからの時代、グリーンエネルギーを組み込むことは、環境対応にとどまらず、街や産業の競争力そのものを高める取り組みであり、まさに新たな地域価値の創出です。
都市開発や管理運営などで培った豊富な資本に、再エネの開発・運営ノウハウを掛け合わせることで、不動産と環境が一体となった大きな価値を提供できる点こそ、当社グループの独自性です。再エネ由来の電力を活用する不動産、環境配慮型の物流施設やデータセンター、地域の産業集積を推進する産業まちづくり事業など、環境価値をフックに事業価値を高めていきます。
とりわけ産業不動産の分野は、電力需要が大きく、脱炭素への要請も高い領域です。だからこそ、地域で発電されたグリーンエネルギーと不動産を一体で提供することに大きな可能性があります。開発、運営、電力供給、そして地域との共創。この一連の価値提供を通じて、GXビジネスモデルを確立し、当社グループの新たな成長エンジンへと高めていきます。
法人との共創により成長を加速する
私たちはこれまで、人々の生活に寄り添う多層的な接点から、社会やお客さまに必要とされる新たな事業を生み出してきました。建物管理や不動産流通、リゾート・レジャー、学生向けを含む賃貸住宅サービスなどで、個人のお客さまから信頼を積み重ねてきました。
今後は、この「幅広いお客さま・市場接点」という強みを新たな共創の入口とし、法人顧客がメインとなる事業分野においても、「独自の事業創出力」を発揮していきます。
例えば、物流施設やデータセンターといった産業集積の領域は、必要とされるアセットもエネルギーも大きく、当社グループが培ってきた事業創出力を発揮できる余地があります。当社グループにとって新しい事業分野であり、相手企業が何を課題とし、どの領域で将来の成長を描いているのかを深く理解する必要があります。
法人顧客との関係を強化し、事業機会の拡大を図ることは重要であり、私自身も、当社グループのトップとして自ら相手企業の経営課題に向き合い、共創の機会を見出すことで成長のエンジンとしていく考えです。

誰かのために、いきいきと「楽しく」働ける集団でありたい
私たちの価値創造を支えているのは、何よりも人の力です。約3万人のグループ従業員のうち、9割以上が人財活躍型ビジネスに携わる点は、同業他社にはない大きな特徴です。どれほど優れたアセットやノウハウがあっても、それを活かし、新たな事業機会へと結びつけるのは、人と人とのコミュニケーション。だからこそ私は人的資本をグループ経営の根幹に置き、強化しています。
私が大切にしたいのは、自ら考え、自ら動く「自律」です。指示を待つのではなく、お客さまや社会の変化を感じ取り、先を見据えて自分たちに何ができるかを考える。外に目を向け、チームで成果を上げる。そうした行動が自然に生まれる組織こそ、変化の激しい時代に必要とされます。
同時に、一人ひとりが、いきいきと楽しく働けていることも重要です。自分の仕事が、誰かの役に立っている実感や、仲間と難題を乗り越える充実感。互いに助け合いながら、物事を前に進めること。その積み重ねが働きがいとなり、組織の力になります。
DXやAI活用もまた、そのための重要な手段です。「DX銘柄2026」に選定されるなど、当社グループのDXの取り組みは着実に進展し、同業他社と比した競争優位性となっています。情報や知見を必要な人へつなぎ、人がより創造的な仕事に向き合う時間を増やす。デジタルによって人を置き換えるのではなく、人の力をより高い価値創造へ振り向けていくことが、私たちのめざすDXです。
「一人の“好き”が、世界を動かすきっかけになる」—本計画のステートメントに書かれた一節は、私たちの仕事の醍醐味を表しています。自分が夢中になれること、ワクワクすることが、新しい商品やサービスになる。「自分のため」が「誰かのため」になり、「社会のため」になる。この好循環が育まれるクリエイティブなカルチャーを、グループの土台としてつくり上げていきます。
投資家との対話を重ね、長期的な信頼関係を築く
価値創造を支える基盤として、当社は人財・組織風土、財務資本戦略とともにガバナンスの強化を推進しています。取締役会では、6名の独立社外取締役を招聘することで、経営の健全性・透明性を確保しながら、迅速かつ果断な意思決定ができる体制が整っています。2026年度からは指名・報酬委員会の構成を見直し、これまで以上に多様性と独立社外比率を高めました。
取締役会の実効性評価は、外部のコンサルタントが設計・集計・分析を行い、顧問関係のない弁護士から第三者評価を得ることで、客観性を担保しています。前年度は、リスクマネジメント、サステナビリティ、情報セキュリティの各委員会による報告の充実やリスク事項の適時共有などについて、実効性向上につながっていると評価結果が示されています。
長期持続的な成長を実現するためには、成長への投資と財務規律の両立が不可欠です。今後の成長領域には、必要な資本を機動的に投下する一方で、変化の激しい時代だからこそ、健全な財務体質を維持し、資本効率を高める視点を徹底します。
私は、規模を追うだけの成長ではなく、質を伴った成長を重視しています。ROE、EPS、NAVといった財務指標を意識しながら、どの事業に資本を投じ、どのアセットを磨き、どの資産を入れ替えていくのか。事業ポートフォリオを不断に見直し、成長性・効率性と耐久性を高めることで、グループ全体の価値向上につなげていきます。
株主・投資家の皆さまとの対話においても、当社グループの実像を正しくお伝えすることを大切にします。資金をお預かりしている以上、それを効率的に活用し、企業価値の向上を通じてお返ししていくことが経営の基本です。一方で、株主・投資家の皆さまが求めるものは一様ではありません。私たちが持つ強み、伸ばしていく領域、乗り越えるべき課題、そして企業運営の方針を率直にお示しし、当社らしい価値創造に共感していただきながら、長期的な信頼関係を築いていきます。
選ばれ続ける企業グループになるために
私がめざしたいのは、何か困りごとが生まれた時、何か新しいことを始めたい時に、真っ先に思い浮かべていただける企業グループになることです。お客さま、地域、企業にとって「まず相談してみよう」と想起される存在でありたい。それが、私の考える「選ばれ続ける」ということです。
渋谷に吹く時代の風をつかむことも、環境先進企業であり続けることも、法人・産業分野へ成長機会を広げることも、すべてはその先にある「選ばれる理由」を磨くための取り組みです。同時に、私たちの事業は広域渋谷圏だけで完結するものではありません。全国の地域に根を張り、地元の方々、行政、企業、大学、パートナーの皆さまとともに、その土地ならではの価値を育てていく。グローバルな視点を持ちながら、ローカルの現場で信頼を積み重ねることが、当社らしい成長のあり方です。
社長である私の役割は、大きなビジョンと方針を示し、グループに「軸」を通すこと。その軸のもとで互いを信じ、必要な時にはパスを出し合い、スクラムを組む。経営陣がそうした「強いチーム」の姿勢を率先して体現し、グループ全体に自律と連携の文化を広げていきます。
自律した人や組織が力を発揮できるよう、下から支えるリーダーになる。それが私の理想です。冒頭に述べた「得意淡然、失意泰然」の心構えを胸に、次の未来を切り拓くために、お客さま、地域、社会、そして資本市場から選ばれ、価値を創造し続ける企業グループをめざしていきます。

東急不動産ホールディングス株式会社
代表取締役社長
