Thinking Report 第1回「未来社会」

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渋谷の未来は設計できるのか Shibuya Thinking が問う都市・AI・カルチャー

100年に一度の再開発が進む渋谷で始動した有識者会議「Shibuya Thinking」。多様な領域の専門家や実践者、パートナーが2050年の渋谷の未来像を議論し、その思考のプロセスを社会へ開いていく。「未来社会」をテーマとした第1回会議では、「Good Enough Ancestor(十分によい祖先)になるための未来都市・渋谷とは?」をメインクエスチョンに据え、未来世代へ何を受け渡すべきかを、都市、カルチャー、AIの視点から考えた。

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WIRED』は"未来"を実装するメディアです。この絶え間なく変化し続ける世界を理解するために必要な情報とアイデアの源泉であり、カルチャーからビジネス、科学、デザインに至るまで、生活のあらゆる側面をテクノロジーがいかに変えていくのかに光を当てます。わたしたちが"発見"するブレイクスルーやイノヴェイションが、新たな思考や人と人とのつながり、そして新しい産業を生み出すのです。

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100年に一度ともいわれる再開発が進む渋谷。駅や広場、オフィス、商業施設など都市の骨格は大きく更新されつつある。しかし、成熟した都市に問われるのは、何をつくるかだけではない。その都市はどのような思想をもち、どのような未来を目指すのか──。いま渋谷は、「つくるフェーズ」から「育て、問い続けるフェーズ」へと移りつつある。

そうした問題意識のもと始動したのが、有識者会議「Shibuya Thinking」だ。多様な領域の専門家や実践者、パートナーが集い、2050年の渋谷の未来像を継続的に議論するプロジェクトである。議論は毎回「問い」「仮説」「次のアクション」として整理され、その思考のプロセス自体を社会へ開くことで、都市について考え続ける文化を育んでいくことを目指している。

座長を務めるのは、メディアアーティスト・研究者の落合陽一と、新領域CEOでアートとテクノロジーを横断するプロデューサーの杉山央。杉山は森ビルで都市開発に携わった後、25年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」の計画統括ディレクターをはじめ、26年「東京クリエイティブサロン」統括ディレクター、27年「GREEN×EXPO 2027」テーマ館展示ディレクターなどを務め、都市、文化、テクノロジーを横断しながら新たな体験と空間の創造に取り組んできた。

「“未来”を実装するメディア」を掲げる『WIRED』日本版は、本プロジェクトに編集パートナーとして参画し、「未来社会」をテーマとした第1回会議をリードした。

都市の未来を享受するのは、いまを生きるわたしたちだけではない。まだ発言権をもたない子どもたち、あるいは、これから生まれてくる世代でもある。だからこそわたしたちは、完成形の未来像を提示するのではなく、将来世代がその時代に応じて何度でも問い直し、選び直し、自らの都市を育て続けられるだけの余白を、どのように受け渡していくべきかを問い続ける必要がある。

そのための問いとして、『WIRED』日本版は「Good Enough Ancestor(十分によい祖先)になるための未来都市・渋谷とは?」をメインクエスチョンに据えた。参加者たちは、2050年を見据えながら、「十分によい祖先」であるために、いま何を残し、何を変えるべきなのかを議論した。

十分によい祖先になるために都市が目指すべきもの

「渋谷はいま、『つくるフェーズ』から『育てるフェーズ』へ移っています」

会議の冒頭、「Shibuya Thinking」の総合プロデューサーを務める杉山は、現在の渋谷をそう表現した。これまでの渋谷の再開発では、駅や広場、オフィス、商業施設といった都市の骨格を整えることに主眼が置かれていた。しかし、その基盤が整いつつあるいま、本当に問われているのは、その空間でどのような文化が育ち、どのような価値が次の世代へ受け継がれていくのかということだ。

杉山 央|OU SUGIYAMA
新領域 CEO / Art+Tech Producer 2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクター、2026年「東京クリエイティブサロン」統括ディレクター、2027年「GREEN×EXPO 2027」テーマ館 展示ディレクター等を務め、アートとテクノロジーを横断しながら新たな体験と空間の創造に取り組んでいる。

だからこそ「Shibuya Thinking」は、異なる領域の実践者が都市の未来について継続的に議論し、その思考を社会へ共有する場として構想された。この日の議論で、最初に立ち上がった問いは「文化は、都市開発によってつくることができるのか」ということだ。

「Shibuya Thinking」の座長を務める落合は、自身が幼い頃から親しんできた渋谷を、「ボトムアップの街」と表現する。

ライブハウスやクラブ、古着屋、セレクトショップ、ラーメン店──。この街では、そうした大小さまざまな場所が緩やかにつながり、人々の偶然の出会いが新しいカルチャーを育んできた。渋谷の魅力は、誰かが設計したものではなく、街を行き交う人々の営みの積み重ねから生まれたものだという。

一方で、インターネットの普及によってコミュニティは細分化し、異なる領域の人々が偶然に交わる機会は減りつつある。だからこそ、多様な実践者が同じテーマについて考え、その議論そのものをアーカイブとして残していくことに意味がある。それが「Shibuya Thinking」の大切な役割のひとつだと落合は語った。

この考えに応じたのは、東急不動産ホールディングスの眞明大介だ。「文化をつくるなんて、おこがましい」と、街づくりに携わる企業が文化そのものを生み出すことはできないと自戒を込めて断言した。

企業にできるのは、多様な人が集まり、小さな挑戦を続けられる環境を整えること。その土壌の上で、人々の営みが積み重なった結果として文化が育っていく。街づくりとは、文化を設計することではなく、文化が育つ土壌と条件を整えることだという。

議論を通して見えてきたのは、都市が設計できるのは文化そのものではなく、文化が育つ条件なのではないか、という共通認識だった。

落合陽一|YOICHI OCHIAI
メディアアーティスト、筑波大学教授。1987年生まれ。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに活動。主な作品に写真集『質量への憧憬』、NFT《Re-Digitalization of Waves》など。 Prix Ars Electronica 栄誉賞、STARTS Prize、SXSW Creative Experience ARROW Awards、Asia Digital Art Award優秀賞、文部科学大臣表彰(2023年 若手科学者賞、2025年・2026年 科学技術賞)など受賞多数。2025年、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー。

残すものと、変えるもの

では、未来世代へ受け渡すべきものとは何なのか。渋谷未来デザインの創設メンバーとして渋谷の街づくりや社会課題の解決に取り組んできた金山淳吾は、「未来は、残すものと変えるものの総和」と語る。

街づくりに携わり始めた当初は、とにかく「何を新しくつくるか」を考えていたという金山。しかしいまは、「何を残すべきか」を考えるようになったと話す。

そんな金山が「渋谷の周辺で大切に残されてきたもの」として挙げたのが、明治神宮だ。100年以上の時間をかけて育まれてきた森は、都市のなかにありながら変わらず残り続けている。一方で、その価値の伝え方や、人々との関わり方は、時代やテクノロジーとともに更新され続けてきた。

都市もまた、新しいものをつくり続けるだけでは未来にはつながらない。変えるべきものと、残すべきもの。その両方を見極め、残すべきものの価値を上げていくことが、これからの都市には求められるという。

世界から認められる都市へ

議論はさらに、「渋谷がどのような都市を目指すべきか」へと拡がっていく。

金山は、自身が思い描く渋谷の将来像を、「21世紀における世界のトップメディアシティ」という言葉で表現した。ここでいう「メディア」とは、テレビや雑誌のような媒体ではない。新しいアイデアや文化、ビジネスを生み出し、それらを編集し、世界へ届ける仕組みそのもののことだ。渋谷が一次情報の発信源であり続け、その編集と発信から、新しい産業や企業が生まれていく都市になることを目指しているのだという。

それに続いて「これからの渋谷において企業がどのような役割を果たすべきか」という視点で現状を分析し、ビジョンを語ったのは眞明だ。渋谷は食・職・遊の機能が凝縮されているからこそ、多様な文化が育まれてきた。今後さらに独自のカルチャーが生まれ続ける街になっていくには、世界中から人が集い、互いに刺激を受け、新たな文化やビジネスが生まれる環境を育てていくことが重要だという。

谷中瞳 | HITOMI YANAKA
東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻准教授(卓越研究員)。理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)説明可能AIチームのチームディレクター、東北大学言語AI研究センター特任准教授を兼任。専門は自然言語処理と人工知能。とりわけ自然言語推論(Natural Language Inference)の研究を中心に、AIが言語を理解・推論する仕組みや、その判断根拠を人間に説明可能なAIの実現に取り組んでいる。

そのためには、長期的な視点で街の土壌を支えることも欠かせない。例えば、住宅だけでなく、若いクリエイターやスタートアップが挑戦できるオフィスや店舗、アトリエ、音楽スタジオ、ライブハウスといったアフォーダブルな場を「余白」として残していくこと。その積み重ねが、新たな文化を育む基盤になるのではないかと語った。

その話を受け、金山は「世界とつながること自体ではなく、世界に認められることが大事なんです」と付け加えた。アートでも、音楽でも、スポーツでも、試行錯誤を積み重ねた先にこそ、世界から評価される表現が生まれる。

未来世代へ残すべきなのは、完成された文化ではなく、挑戦を繰り返し、その時代ごとの新しい文化を生み出せる土壌そのもの。それこそが「育てるフェーズ」にある渋谷が取り組むべきことだろう。

しかし、「文化を育てる条件」もまた、テクノロジーによって変わり始めている。

生成AIやAIエージェントが日常に浸透し、都市そのものが知性を帯び始める時代、人と街の関係はどう変わるのだろうか。議論はここから、「AIは未来の都市をどう変えるのか」という問いへと移っていった。

AIは未来の都市をどう変えるのか

まず議論の出発点となったのは、「人は、なぜ都市へ集まるのか」という問いだった。落合は、メディアの変化が、人々の欲望そのものを変えてきたと語る。かつて原宿や渋谷には、「その場所でしか満たせない欲望」があった。

例えば、原宿で奇抜なファッションをする若者たちは、雑誌に載りたい、多くの人の目に留まりたいという思いで表参道へと集まった。当時はマスメディアへアクセスできる人が限られていたからこそ、人は欲望をかなえるために街へ集まり、自らを表現していた。

しかし、その前提はいま大きく変わった。SNSや動画プラットフォームの普及によって、自分のスタイルを発信するために、必ずしも特定の街へ行く必要はなくなった。原宿や渋谷を歩かなくても、インフルエンサーにはなれるのだ。

承認を得る場所が街からネットへ広がったことで、人々が都市へ集まる理由そのものが変化しているのである。

最適化は、都市から偶然を奪うのか

その変化は、人々の街との付き合い方にも表れている。杉山は、現在の都市では、人々が「点から点へ」と移動するようになったと指摘する。いま、多くの人はスマートフォンで目的地を検索し、Google マップにピンを立て、最短経路で移動する。レストランからショップへ、ショップからライブ会場へ。目的地以外を歩く理由は、以前よりも少なくなった。

「歩いて楽しい街が、一番いい街だと思うんですよ」。便利さや最適化が進むほど、人は寄り道をしなくなってしまう。都市が都市であり続けるためには、最適化だけでは説明できない偶然や発見をどう残すかが重要になる、と杉山は語る。

金山淳吾 | JUNGO KANAYAMA
1978年生。電通、OORONG-SHA、ap bankでの事業開発プロデューサーを経てクリエイティブアトリエTNZQを設立。コレクティブインパクトをコンセプトに様々なクリエイター、デザイナー、アーティストと企業、行政機関との共創でソーシャルデザインプロジェクトを推進。2016年より一般財団法人渋谷区観光協会の代表理事として渋谷区の観光戦略・事業を牽引。2018年、一般社団法人渋谷未来デザインの設立を牽引し、設立時理事として参画。
2023年には47都道府県へと活動のフィールドを広げた一般社団法人channel47を設立。

この議論に対し、東京大学・理化学研究所でAIを研究する谷中瞳は、AIは「人を最短経路へ導くためだけの技術ではない」と応じる。

たとえばAIは、「今日は少し寄り道してみませんか」とか「こちらのお店も面白いですよ」といったように、あえて少し遠回りを勧めることもできる。最適化とは、一つの正解へ導くことだけではない。人の行動に新しい選択肢を与え、偶然の出会いを設計することもまた、AIの役割になり得るのだ。

都市そのものが「知性」をもつ時代

眞明 大介 | DAISUKE SHIMMEI
東急不動産ホールディングス 兼 東急不動産 コーポレートコミュニケーション部 統括部長。
2016年に東急不動産に入社。商業施設の収益責任者として施設価値向上に取り組んだほか、広域渋谷圏における戦略策定やスタートアップ共創、スマートシティ、コンテンツ開発など、都市の魅力や価値を高める取り組みを幅広く経験。その後、ブランド推進室にて経営方針の社内外発信や企業ブランド戦略を担当し、広告・協賛、トップメッセージ、社内コミュニケーションなどを通じて企業と事業の接続に取り組んできた。2026年4月より、ブランド推進室・IR室・広報室を管轄するコーポレートコミュニケーション部 統括部長に就任。現在はホールディングスと事業会社の両社において、コーポレートコミュニケーション全体を統括する。

このやりとりを受け、落合は議論をさらに大きな視点へ拡げた。人類はこれまで、あらゆる営みをアウトソースしてきた。その流れは、子育て、介護、移動や所有にも及び、AIによる最適化もその延長線上にあるといえる。

だからこそ問い直さなければならないのは、「何をAIへ任せるのか」ではなく、「何を人間の営みとして残すのか」なのではないか。効率だけを追い求めれば、人はますます「点から点」へと移動し、街を歩く理由を失ってしまう。

「あえて車で乗りつけられない、歩いてしか行けない場所を残すとか、そういう介入も必要なのかもしれない」

落合のこの発言は、都市をAIによって最適化することではなく、人間が主体的に都市を経験し続けるための設計という、新しい視点を示した。

その視点から金山は、2008年の副都心線開通後の渋谷を例に挙げる。かつて高校生や大学生は、渋谷で乗り換え、街を歩き、時間を過ごしていた。

しかし、副都心線によって横浜から池袋まで直通で移動できるようになると、渋谷は「途中で降りる街」から「通過する街」へと変わっていった。インフラが整備され、利便性が飛躍的に向上したからこそ、都市は「わざわざ降りる理由」をつくり出さなければ、通過点になってしまうリスクを孕んでいる。

AIによる都市の進化もまた、同じ問いをわたしたちに投げかけている。

AI時代、人は何を経験したいのか

小谷知也|TOMONARI COTANI
編集者。『WIRED』日本版エディター・アット・ラージ。中央大学法学部政治学科卒業後、主婦と生活社、エスクァイア マガジン ジャパンを経て2009年に独立。『BRUTUS』『GQ JAPAN』等のライフスタイル誌で編集・執筆に携わる一方、『WIRED』日本版に2011年の立ち上げから参画。18年、『WIRED』日本版副編集長に就任。20年、「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」所長就任。23年より現職。

AIが都市の在り方を変えるとすれば、その変化は、そこに生きる人間の価値観そのものにも及んでいく。では、AIが知的な作業の多くを担うようになったとき、人は何を自ら経験したいと思うのだろうか。

谷中は、論文の要約やコーディング、アイデアの壁打ちなど、研究では生成AIを日常的に活用しているという。AIは研究の速度を大きく引き上げてくれる存在である一方で、「自分が本当に経験したいことまでAIへ委ねたいとは思わない」と言う。

AIは膨大な知識を整理することは得意でも、まだ誰も言葉にしていない違和感や発見までは生み出せない。だから研究の出発点となる感覚だけは、自分自身で引き受けたいと谷中は考えているという。

落合は「経験」というキーワードからさらに議論を進める。

AIが映画を要約してくれることには抵抗がないし、大量の資料を読んで要点をまとめてくれることも歓迎できる。では「AIに代わりにご飯を食べておいてほしい」と思う人はいるだろうか。AIが普及するほど、人は「自分は何を経験したいのか」を意識するようになるのではないか──。それが落合の見立てだ。

それに対して金山は「食べる」という行為そのものが時代とともに意味を変えてきたことに言及する。生きるためにカロリーを摂取する営みだった「食事」は、いまではおいしさだけではなく、誰と食べるのか、どこで食べるのか、どんな物語があるのかまでを含む、「体験」へと変わった。

つまり、人間が求める価値は「機能」から「経験」へと移りつつある。

では、AI時代に、人は何にリアリティを感じるのだろうか。AIは、人間の創作を支援するだけでなく、自ら文章を書き、音楽をつくり、映像を生成するようになった。そうした時代に、わたしたちは何に価値を見いだし続けるのだろうか。

落合はこれに対し「結局、人間ってライブが好きなんです」と話す。AIは完成度の高い作品を生み出せるようになるが、人がひかれるのは完成品だけではない。ライブには、その場にしかない偶然性や出来事がある。だからこそ人は、何度でもライブへと足を運ぶ。落合は、人間が価値を感じるのは情報そのものではなく、「その場に居合わせた」という経験なのではないかと語る。

金山もまた、コロナ禍にメタバースやARを活用した都市プロジェクトへ取り組んだ経験を振り返る。デジタル空間に再現された街並みそのものよりも、人々が熱狂したのは、その中で同じ時間を共有するライブ体験だった。

デジタルは現実を置き換えるものではない。現実の体験をより豊かにするための、新しいレイヤーになり得るものだ。

その可能性について金山は、デジタルツインを「都市のゲーミフィケーション」の手段として捉える視点を提示した。現実の街を単に仮想空間へ写し取るのではなく、その空間を活用して都市そのものを新たな遊びや競技のフィールドへと拡張していくという考え方である。

テクノロジーはあくまで、都市を代替するためでなく、都市体験そのものを新鮮に、豊かにするために使うことができるのではないか。

これらの議論を受けて落合は、「アーティストらしからぬ野蛮なことを言うと」と前置きしたうえで「結局、でかい音、でかい光、大きいもの。あとはハイカロリーなこと。人はそういうものに魂をもっていかれちゃうんですよね」と語った。例えばそれは、底知れぬ体力を使ってレコードを探し回ったり、濃いラーメンを食べたりするような、圧倒的な身体体験のことだ。

AIがどれだけ進化しても、人間の身体感覚が劇的に変わることはない。だから都市もまた、人間の身体が反応する体験を失ってはならない。AIが都市をどう変えるかという問いから始まった議論で浮かび上がったのは、テクノロジーが進化するほど、人間はむしろ身体性や偶然性、そして「そこにいる」という経験にリアリティを求めるのではないかという逆説だった。

都市は何を未来へ残すのか

こうして約1時間半にわたる議論を終え、参加者たちは「未来世代に残したい渋谷」をそれぞれ一言で表現した。

谷中は「老若男女がトレンドを楽しめる渋谷」。

金山は「自由と挑戦」。

眞明は「経済で生み出す、余白。余白から育つ、文化」。

落合は「ハイカロリー」。

杉山は「誰もが主人公になるストリート文化」。

どれも異なる視点から発せられた言葉だが、モデレーターを務めた『WIRED』日本版の小谷知也はそれらをひとつの未来像へまとめようとはせず「Good Ancestorではなく、Good Enough Ancestorというところがポイントなんです」と語った。

今回、『WIRED』日本版が議論の起点として提示した「Good Enough Ancestor」とは、未来を完璧に設計することでも、次の世代に対して「こう生きるべきだ」「こういう都市を目指すべきだ」と細かな設計図を残すことでもない。

未来の人たちが、その時代の状況に合わせて考え、選び直し、更新していけるように、ほどよい余白を残すこと。それが、「十分によい祖先」であるという考え方である。では、その余白は、どのように受け渡していけばいいのだろうか。

小谷が最後に挙げたのは、「祭り」というアイデアだ。自由も、挑戦も、ストリートも、ハイカロリーも、それぞれをひとつの理念へ整理するのではなく、「ごった煮」のまま未来へ受け渡していく。その器として、祭りやフェスティバルのような営みがあるのではないかと提案した。

「起源は知らないけれど、この時期になると渋谷でこんな祭りがある」

そんな習慣が根付けば、人は意味を理解して参加するのではなく、参加することを通して、その時代なりの意味を育てていく。その言葉を受け、落合は「確かに、祭りをすれば意味が生まれるけど、意味があるから祭りをするわけじゃないですもんね」と応じた。

都市もまた同じなのかもしれない。完成された未来を設計することはできない。しかし、人が挑戦し、偶然に出会い、新しい文化を育て続けられる条件を残すことはできる。その結果として、都市は時代ごとに新たな意味を獲得していくのである。

未来を生きるのは、まだ発言権をもたない人たち、そして、まだ生まれていない人たちだ。だからこそ、わたしたちが残すべきは、完成形の「正しい答え」ではなく、いつでも問い直せる余白であり、そのための対話である。「Shibuya Thinking」は、その余白を未来へ受け渡すための実践なのだ。

制作:『WIRED』日本版
TEXT BY SHINICHIRO SATO
PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO

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